JOCA連載コラム vol.21

日本の綿作りリレー NO2

“綿作り八郷からのスタート”

JOCA副理事長 渡邊 智恵子

今年の渡邊コラムでは、今までを振り返る意味を込めて
忘れないように、綿作りの経験を綴っていきたいと思っています。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

2000年から茨城県八郷町で綿の栽培がスタートしました。
最初の事ですから、手探り状態でやってみました。
最初の年は土の中に種を深く埋めすぎて、芽が出ませんでした。
その経験を踏まえて、次の年はそれを改善し、畑も新しいところに広く植えてみました。
綿を摘んで糸にすることではなく、最初はドライフラワーにしようということで、
枝につけたままビニールハウスで乾燥させましたが、この最初の栽培は
予想をはるかに超えて成長著しい大きな大木のようになってしまいました。
ドライフラワーにしてどこに売る当てがあるわけではありませんでしたから、結局は大きな粗大ゴミになってしまい、最後は燃やしたと思います。栽培を担当してくれた皆さんにご迷惑をおかけした記憶がよみがえってきました。小さい枝なら、畑にすき込むこともできますが、
それができないほどに大きくなってしまったのです。
畑に残っていた化学肥料の影響ですね。やはり2ー3年は土壌から化学肥料は抜け切らないということをこの時に体験しました。
それから3年程連続でこの八郷で挑戦しました。
次の年は根切り虫にやられ、全滅状況でした。
又、シンクイ虫にもやられて、大きく成長した綿を枝がポキポキ折れてしまいました。

結局はこの八郷での綿の栽培は遊びに終わってしまった感じです。
主力の綿の栽培ではないので、そんなことです。
やはり、ど真剣に集中することが大事ですよね。
で、無ければ良き結果は生まれません。

反省です。

これが私の綿の栽培初期の頃の経験です。

つづく