JOCA連載コラム vol.23
遺伝子組換え綿(バイオ綿)の現状
◆バイオ綿の普及状況
綿花業界では、遺伝子組み換え綿を「バイオ綿」と言っていますので、ここでは「バイオ綿」を
使います。ご存知の通り、オーガニックコットンを含む有機栽培では、遺伝子組換えの種子は
一切使用を認めていません。
今、世界中でバイオ綿はどれほど作られているのでしょうか。
ISAAA(国際アグリバイオ事業団)の調査によりますと、2012/13綿花年度の世界バイオ綿
作付面積は、2,420万ヘクタールで、全綿花作付面積(3,420万ヘクタール、ICAC国際綿花
諮問委員会の調査)に占めるバイオ綿の比率は71%に達しています。
バイオ綿の商業生産国は2012年には15カ国になりました。アルゼンチン、オーストラリア、
ブラジル、ブルキナファソ、中国、コロンビア、コスタリカ、インド、メキシコ、ミャンマー、
パキスタン、南アフリカ、米国などです。ガーナ、ケニア、モザンビーク、ウガンダなどでも
試験生産が行われています。
この中で特に綿花生産大国のインド、米国、中国、パキスタンの4カ国でのバイオ綿生産が
進んでいます。
1996/97年度に初めて3カ国(米国、オーストラリア、メキシコ)で商品化されましたが、
バイオ綿作付け面積は70万ヘクタール(綿花作付総面積の2%)でしたから、その後急拡大
したことが分かります。
バイオ綿の生産高は、ICACの推定では、1996/97年度の60万トンに対して、2011/12
年度には1,860万トンに急増しています。
主な国のバイオ綿の普及状況を見ますと、インド92%、オーストラリア90%、米国81%、
中国67%、メキシコ57%となっており、どの国も、導入後10年ほどの間に急増する傾向が
あることが分かっています。例外は、1カ国、インドネシアで、2002/03年度に導入され、
2005/06年度に法律で生産が禁止されました。また、欧州(ギリシャ、スペイン、トルコ)で
は、まだ導入されていません。
綿花貿易の面では、どの国においても、バイオ綿に対する消費者の拒絶反応の実証的な
根拠は示されていませんし、非バイオ綿の価格と変わりなく取引されているので、意識される
ことなく、輸出入されているものと思われます。
◆バイオ綿の種類
現在普及しているバイオ綿には2つの種類があります。一つは、害虫抵抗性の付与、もう一つ
は、除草剤耐性の付与の2つです。
①害虫抵抗性のバイオ綿は、土壌細菌のBt菌(Bacillus thuringiensis)がつくる殺虫性の
タンパク質の遺伝子を綿種子に組み込んだもので、綿の木がその毒素(Btタンパク質)を作り
出して害虫(幼虫)の消化機能に損傷を与えることによって駆除するものです。Bt綿といいます。
Btタンパク質には、いくつかの種類があり、害虫の種類によって効果が異なりますので、害虫
に合わせて使い分けます。殺虫剤の使用量を減らすというメリットがあります。
②除草剤耐性のバイオ綿は、除草の労力を減らすことを目的とするものです。除草は労力の
かかる作業です。その労力を除草剤散布により軽減しますが、その除草剤によって綿の木も
弱ってしまいます。通常、除草剤は特定の種類の植物にだけ除草効果をもっていますので
(選択性除草剤)、農作物を栽培するのに、いろいろの雑草に対応するため、数種類の除草剤
を散布しなければなりません。そこで非選択性の除草剤を使えば、すべての雑草を1-2回の
散布ですべて枯らすことができます。一方、綿の木には、この非選択性除草剤に耐性を持つ
遺伝子を組み込むことによって、綿の木だけを順調に成育させることを可能にします。この
アイディアは、種子会社にとっては、除草剤と除草剤耐性種子をセットにして独占的に販売
できるというメリットがあるのです。
③Bt綿と除草剤耐性の2つを一つの種子に一緒に付与したものも開発され、併用されています。
◆繊維特性の改良
綿繊維の伸長や形成に関わる遺伝子も特定されており、繊維長を長くする働きのある遺伝子
や繊維強度を増大させる遺伝子が発見されています。保温性の向上、着色した繊維の成育
も遺伝子組換えによって可能となります。民間ベースで自由に遺伝子組換えが行われると、
どのようなことになるのでしょうか?
◆バイオ種子の問題点
バイオ技術の発展による遺伝子組換え技術の向上は、生産コストの削減や生産性向上に
大きく寄与しますので、世界的に急速に普及し、米国ではアプランド綿では、95%は遺伝子
組換えの種子が使われています。しかし、一方では自然生態への悪影響などを危惧する声
も聞かれ、国によっては、使用を認めていないところ、「遺伝子組換え種子使用」の表示を
義務付けているところもあります。有機栽培では遺伝子組換え種子の使用を禁じています。
バイオ種子が急速に普及したのは、なによりも生産面のメリットからと思われます。
害虫駆除の面では、殺虫剤の節減を図ることができます。ただ、害虫の方にも耐性ができ
ますので、耐性害虫に対するバイオ綿開発が必要となり、イタチゴッコのような事態が出て
きています。
また、除草剤耐性の方は、結果として、除草剤の使用量が増加したという調査結果があり
ます。除草剤とバイオ綿がセットになりますので、種子会社にとってはセット販売ができると
いうメリットがあります。
農家にとっては、労力の軽減が最大のメリットかと思われます。イールド(単位面積当りの
生産性)は、バイオ綿の方が高い場合が多いのですが、かならずしもそうでない農地もある
ようです。
害虫駆除の方は、特に開発途上国でよく使われる一方、除草剤耐性の方は、オーストラリア
と米国で人気があります。両方の特性を組み込んだ種子の使用が増えています。
種子の価格は、非バイオ綿より高くなるのは当然ですが、毎年種子を購入しないといけない
こととなり、農家が種子を勝手に扱うことは許されない契約になっていますので、各国で訴訟
問題にまで発展するようなトラブルが種子会社と農家との間に頻繁に発生しているようです。
近代農法で綿花生産を行う大規模農家では、毎年種子を購入播種することは当り前になって
いますが、小規模な伝統的農法の農家では、種子は自分の農地で再生産していますので、
農法を切り替える必要があり、農業の構造を変えることになります。
◆有機栽培と遺伝子組換え
有機栽培では、遺伝子組換え種子は使用禁止となっています。有機栽培は、食用農作物が
多いのですが、綿花もその一員です。有機栽培では、同じ土地で同じ作物を繰り返し栽培
することはほとんどなく、輪作をします。土地土地により作物の組合せは変わりますが、
オーガニックコットンも食用作物と組み合わせて輪作されます。
食用作物の場合は、体に対する影響が分からないので、消費者の反発があります。
米国では、遺伝子組換え作物の製品に「遺伝子組換え」の表示を義務付ける法律をつくって
ほしいという消費者からの運動を、州議会や市議会が法令を通さないように廃案にする事例
が出てきています。
自然の生態への影響は大きな問題です。農地が広大で花粉は移動しますので、悪い影響が
発生する心配があります。バイオ綿だけでなく、すべてのバイオ作物を総合して考える必要
があります。2011年の段階で、バイオ作物は29カ国、1億6,000万ヘクタールの農地で
栽培されています。作付面積から見て、多い作物は、大豆(世界バイオ作付面積の47%)、
トウモロコシ(同32%)、綿花(同15%)となっています。
2012年10月に農林水産省から、次の通達が出ています。
①食用・飼料用としてバイオ綿花の使用を、環境への影響が低いという理由で、認める。
(綿種子は食用油の原料や牛などの高たんぱく飼料としても使用されています。)
②バイオ綿の国内での栽培は認めない。国内で綿花栽培するために綿種子を輸入する場合
は、バイオ綿でないことを、カタログやインターネット、販売店への問合せなどで確認しなけれ
ばならない。
農林水産省では、バイオ作物について、生物多様性に対する影響・環境への影響を心配して
いることがよく分かります。
バイオ作物の急速な普及を受けて、バイオ種子を排除する有機栽培は、その役割・存在意義
がさらに明確なものとなりました。持続可能な農業とは、特許に守られた大化学会社や大種苗
会社によって進められるバイオ作物をベースとするものであっていいのか、これからの地球
環境や農業のあり方に思いをはせる時、多様な小規模農業を守ることも、国の政策として大
切な選択肢ではないかと思われます。バイオ種子ビジネスを世界戦略として進展させている側
からの有機農業に対する圧力は、今後さらに熾烈なものとなることが予想されます。
(以上)